牧野信一
底本:「牧野信一全集第三巻」筑摩書房
2002(平成14)年5月20日初版第1刷発行
初出:「中央公論 第四十二巻第三号」中央公論社
1927(昭和2)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:小林繁雄
牧野信一
母は自身が批難でもされたかのやうに思つて、顔をあかくした。「思ふと、私も上つてゐる小さい凧の姿しか思ひ出せない。」
「だん/\小さくなる。」と私は呟いた。……毛氈の上の私達が、重箱を開いて弁当をつかつてゐると、突然盆地の一隅からワーツといふおだやかならぬ波のやうな鬨の声が捲き起つた。見ると、あげ手の一団がまさしく蜘蛛の子を散らしたやうにパツと飛び散つた。
「喧嘩かな?」
「毎年一度は屹度だ!」
「早く仲裁が入れば[#「入れば」は底本では「入れは」]好いが?」
私と祖母と母は、同時に斯う云つて箸を置いた。口々に彼等は何事かを叫んでゐるのだが、遠いので意味は解らなかつた。それにしても喧嘩にしては何だか妙だな? と私は思つた。と、見ると彼等は一勢にスタートを切つて此方に駈け出した。
空には、何の変りもないボーフラがうつら/\と居眠りをしてゐる。
「お母さん、どうしたのでせう?」と母は祖母を振り返つて訊ねた。
「喧嘩かも知れない、立ちのこうかな?」
間もなく一団の駈け手は、砂を巻いて、滑走する巨大な磁石になつて次々にあたりの群勢を吸ひ込み、最初の何倍にも人数を増して、私達がおろ/\と立ちあがつた丘の下に差しかゝつた。
「追つかけろウ――」
「糸が切れたア――」
私達は、はつきりとさういふ叫声を聞きわけた。意味のない悲鳴が、爆竹の音のやうに耳をつんざき、渦になつて眼を眩まし、激流に化して私達の眼の下を流れた。人々の怖ろしく凄まじい形相が、柘榴のつぶてのやうに私達の眼前を寄切(よぎ)つて行つた。私は、思はず蹣(よろ)めいて母の袂に縋つた。人々の眼は、極度に視張られて血走つてゐた。人々の百の眼は一つになつて空の一点のみを凝視したまゝ、一勢に双手を高く差し伸して、烈風の如くおし寄せた。私達は、顔の大半を口にして悲愴な応援を求めながら、韋駄天となつて真ツ先きに駈けて来る青野の主人を見た。はしよりもしない裾が、ひとりでに肌脱ぎになつた袖と一所に尾となつて跳ねあがり、胸板に西陽を浴び、太腿を露出した彼は、差し伸べた両手の先きを次の瞬間には凧をひつかけてしまはうとする熊手にして、白足袋の跣足で駈けて来た。私達は、紋付きの夏羽織を昆布のやうに翻がへして猪の勢ひで突喚して来る山高帽子の村長の浅猿(あさま)しい姿を見た。続く多数の勢子達も、口々にあらゆる驚嘆詞を絶叫しながら、身を忘れて、一様に天空を指差して――誰も彼も足許などに気を配る余裕はない、空の一点以外に視線を放す者はない、亢奮の絶頂に置かれた彼等は、夢中になつて駈けつては、ピヨンと跳ねあがつて無駄に虚空を握む、今にもつかまへて見せるといふ必死の意気が露骨に彼等の五体にみなぎつてゐるのだ、彼等一同は一片の食物の影を見誤つて満腔の憧憬を寄せた動物のやうに、理性を没却し常識に追放され、ひたすらに無知なる性急に逆上して、思はず跳ねあがつては空を握んだ、駈けては又飛びあがつて空しく拳固を拵える、全くの無駄事を繰り返しながら息の切れも知らずに駈けて来た。三間駈けたかと思ふと三尺飛びあがる、果物をもぎとらうとでもするやうに素早く身構えては、軽やかに跳躍する……さういふ動作を間断なく続けながら、不思議とすみやかな速力で駈けてゐる。彼等は見ずにハードルを巧みに飛び越え、――一途に天を凝視した阿修羅になつて駈けてゐる。
稍おくれて続く者共は、手に手に竹の長竿を打ち振りながら、同じく身を忘れ、奇妙な眺躍をし続けて一散に駈けて来た。
私達だつて息をつく間もなかつた。どんな言葉を放つ間もなかつた。唖然として立ち竦んだ儘だつた。忽ち、この驚くべき Cross country racer 達の目眩しい流れを、地をゆるがせて一陣の風と共に私達の眼前を通過すると、奇体に猛烈なあの Fox Trot を踏みながら、まつしぐらに野を越え、丘を蹴り、畑をよこぎつて見る間に指呼の彼方に影を没した。
「あの凧の糸が切れたのだらうか、さつきと同じところに止つてゐるやうに見えるけれど――」と私は、漸く言葉を得て嘆声を交へながら母に訊ねた。
「ほんとうにね……?」と母も蒼ざめた顔に不思議な眼を視開いて、私と同じく呆然と空の小さな凧を見あげた。「あれ位ゐの高さになると、一寸とは遠ざかつて行くのが解らないのだね!」
祖母は、丘に腰を降すと声を挙げて神に念じた。そして、青野の凧が村としての自慢の凧であることや、二度と拵えるわけに行かない昔からの丹精がこもつてゐることや、あれは他所のと違つて張り合ひなどはしないでも済まされてゐる特別な凧である。だから誰も彼もが自分の凧を棄てゝあのやうに血相を変へて追ひかけて行つたのだ等のことを、涙を拭きながら述懐した。